東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)44号 判決 1984年4月26日
東京都品川区平塚二丁目一四番二号
原告
飯室睦子
東京都品川区平塚二丁目一四番三号
同
大野菜摘
東京都東村山市恩多町二丁目三〇番一号
同
田代珠美
東京都品川区平塚二丁目一四番二号
同
田中三枝
原告ら訴訟代理人弁護士
大野重信
東京都品川区中延一丁目一番五号
被告
荏原税務署長 玉利盛隆
右指定代理人
梅村裕司
同
青木清栄
同
山田昭四郎
同
鈴木高一
主文
1 原告大野菜摘、同田代珠美及び同田中三枝の本件各訴えのうち、被告が昭和五四年七月二七日付けで同原告らに対してした各更正につき相続税額二一万五九〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分をいずれも却下する。
2 右原告らのその余の各請求及び原告飯室睦子の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告ら
1 被告が昭和五四年七月二七日付けで原告らの相続税についてした各更正及び過少申告加算税の各賦課決定をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 (本案前)
主文第一項同旨
2 (本案)
(一)原告らの請求をいずれも棄却する。
(二)訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 原告らは、昭和五一年二月二日死亡した飯室次郎(以下「亡飯室」という。)の共同相続人であり、右相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税についての課税の経緯は、原告飯室睦子については別表(一)、原告大野菜摘、同田代珠美及び同田中三枝についてはいずれも別表(二)各記載のとおりである。
2 しかしながら、被告が昭和五四年七月二七日付けで原告らに対してした各再更正(以下「本件各再更正」という。)は、次に述べるとおり本件相続に係る相続税の課税価格を過大に認定してされたものである。
(一)本件各再更正により申告漏れとして亡飯室の有限会社飯室ビル(以下「飯室ビル」という。)に対する貸付金一三〇万円(以下「本件貸付金」という。)が原告飯室の取得財産価額に加算されているが、本件貸付金は、本件相続開始時において回収不能であるから、原告飯室の取得財産価額に加算されるべきでない。
(二)亡飯室は、本件相続開始時において、株式会社太陽神戸銀行(取扱店荏原支店。以下「太陽神戸」という。)に対し保証債務(残元金二八四〇万円。以下「本件保証債務」という。)を負担していたところ、主たる債務者である飯室ビルが弁済不能の状態にあったため、本件保証債務の履行をしなければならなかったものであり、かつ、二四八三万四〇〇〇円については、飯室ビルに求償しても返還を受ける見込みがなかったものである。
したがって、右弁済不能の部分の金額二四八三万四〇〇〇円については、原告らの債務控除額に加算されるべきである。
3 右により原告らの相続税額を算定するといずれも〇円となるから、原告飯室に対する本件再更正は、全部違法であり、原告大野、同田代及び同田中に対する本件各再更正も、同原告らに対する昭和五二年六月三〇日付け各更正により減額された申告により納付すべき税額各二一万五九〇〇円を超えない部分を含めて全部違法であり(被告は、調査の結果申告により納付すべき税額を減少させるべき事由があると判明すれば、減額更正をする義務がある。)、違法な本件各再更正を前提としてされた昭和五四年七月二七日付け過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)も違法である。
4 よって、原告らは、本件各再更正及び各賦課決定の取消しを求める。
二 被告の本案前の申立ての理由
原告大野、同田代及び同田中は、被告が同原告らに対してした本件各再更正の全部の取消しを求めているが、同原告らがした各申告の効力は、同原告らの各更正の請求に基づき被告が昭和五二年六月三〇日付けでした各更正により減額された各相続税額二一万五九〇〇円の限度で存続しているというべきであるから、同原告らは当該部分の取消しを求める訴えの利益を有しないというべきである。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の冒頭の主張は争う。
同2の(一)のうち、本件各再更正により申告漏れとして本件貸付金が原告飯室の取得財産価額に加算されていることは認めるが、 その余の事実は否認し、主張は争う。
同2の(二)のうち、亡飯室が本件保証債務を負担していたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
3 同3の主張は争う。
四 被告の主張
1 本件貸付金について
本件貸付金は、原告飯室において相続した財産であるところ、申告漏れとなっており、後記4の(二)のとおり本件相続開始時において回収不能とは認められないから、申告漏れとして原告飯室の取得財産価額に加算されるべきである。
2 本件保証債務に関する事実関係
(一)飯室ビルは、
(1)目的 貸ビル業、不動産の売買及び仲介並びにこれらに付帯する事業
(2)資本金 一〇〇万円
(3)社員 亡飯室並びに原告飯室、同大野及び同田中
(4)取締役 亡飯室
として、昭和四八年一一月二七日設立されたが、右設立に先立つ同年九月二〇日、原告大野(亡飯室及び原告飯室間の長女)の夫で、かつ、原告らの本件訴訟代理人である大野重信(以下「大野」という。)名義をもって、首藤逸夫から同人所有の東京都品川区平塚二丁目六四六番の一所在の宅地三六二・六七平方メートル及び同所所在の家屋番号同町六四六番六、木造瓦葺平家建居宅、床面積八七・一七平方メートル(以下「本件土地建物」という。)を総額七三〇〇万円で購入する契約を締結し、同年一二月一七日、本件土地建物について所有者を飯室ビルとする所有権移転登記を経由した。
(二)飯室ビルは、本件土地建物の購入に際し、その資金に充てるため、太陽神戸から、次のとおり借入れを行った。
(1)昭和四八年九月一九日借入れ(以下「第一次借入れ」という。)
金額 一五〇〇万円
名義上の債務者 亡飯室
担保物件 大野名義の太陽神戸の定期預金二口合計金額一四〇〇万円
(2)昭和四八年一二月一五日借入れ(以下「第二次借入れ」という。)
金額 六〇〇〇万円
連帯保証人 亡飯室及び大野
担保物件 (共同根抵当)
次表のとおり
(図一)
弁済期 昭和四九年一二月一四日
(三)第一次借入れは、本件相続開始前の昭和五〇年一一月二九日までに大野により完済され、第二次借入れも、昭和四九年一二月一三日以降大野により逐次返済され、本件相続開始時における第二次借入れの借入金残高は二八四〇万円となっていた。
(四)原告ら(代理人大野)は、本件保証債務について、申告において控除すべき債務としておらず、かつ、更正の請求においても何ら言及していなかったもので、昭和五三年二月一四日付けで被告に対して提出した嘆願書により初めて相続税の課税価格の計算上控除すべき債務である旨主張するに至ったものである。
3 第一次借入れについて
第一次借入れは、前記のとおり亡飯室名義でされたが、実際の債務者は飯室ビルであり、亡飯室が右借入れについて保証した事実は認められないから、亡飯室は、第一次借入れについて債務者及び保証人の地位にないことは明らかである。
したがって、第一次借入れについて、相続税の課税価格の計算上債務として控除することはできない。
4 本件保証債務について
(一)相続税法は、相続税の課税価格の計算上、相続又は遺贈により取得した財産の価額から控除する債務は、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもののうち、その者の負担に属する部分の金額とし(一三条一項及び二項)、かつ、その控除すべき債務は確実と認められるものに限る(一四条一項)とそれぞれ規定している。すなわち、相続税法が定める債務は、相続開始時に現に存在するもので、かつ、確実なものでなければならないのである。
ところで、保証債務は、一般に未必的不確定債務であるから、原則的には相続税法が定める具体的な債務の性質を有しないものである。そこで、昭和三四年直資一〇「相続税基本通達の全文改正について」通達一〇一条で、「保証債務については、控除しないこと。ただし、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、保証債務者がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償して返還を受ける見込みがない場合には、主たる債務者が弁済不能の部分の金額は、当該保証債務者の債務として控除すること。」と定めているのである。つまり、同通達の本文は、被相続人が主たる債務者のためにした保証債務は、将来、現実にその履行義務が発生するか否かは不確実であり、仮に、将来同保証債務を履行した場合でも、その履行による損失は求償権の行使によって補てんされるのが本来の性格なのであるから、原則として、保証債務の額は相続財産の価額から控除することができないことを明らかにしたものなのである。また、同通達のただし書は、例外として、保証債務を保証債務者の債務として控除することができる場合の条件を定めているが、この場合、主たる債務者が弁済不能(求償権行使不能)であるか否かについては、仮に主たる債務者が資産との比較上債務超過の状態にあるとしても、なお、支払能力があるかどうかによって決定すべきものであり、法人である債務者においては、債務超過の状態が相当の期間継続し、他から融資を受ける見込みもなく、到底再起の見込みがないために、事業を閉鎖あるいは廃止して休業するに至ったとか、会社整理、破産、和議、強制執行、会社更生等の手続を採ってみたが支払を受けられなかったなど、債権の回収ができないことが客観的に確認できる場合に初めて債務者の弁済不能としうると解するのが相当である。すなわち、保証債務を保証債務者の債務として控除するためには、相続開始時において、主たる債務者の弁済不能の状況が客観的に明らかであることを要するのである。
(二)飯室ビルは、その業務が不動産の賃貸管理であり、本件土地建物を取得した時点から実質的に業務を開始したもので、本件相続開始の前後を通じて、本件土地建物の取得のための借入金の返済、その利息の支払あるいは固定資産税の納付等、一連の維持管理業務を継続して行っていたものである。
そして、本件相続開始時において、飯室ビルは、債務超過の状態にあったが、負債のすべてが借入金であり、債権者は太陽神戸のほか、亡飯室と大野だけであり、当時の評価額七二四八万一七〇〇円のマンション建設用地として極めて好条件を有する本件土地を所有しており、その資産を処分したり、あるいは強制執行を受けたりした事実もないのである。
なお、飯室ビルがその業務を実質的に継続して行っていたことは、本件相続開始後も原告ら及び大野においてマンション建設を期待していたことからしても明らかである。また、第二次借入れ完済後の昭和五二年一月一八日以降、債権者は大野と原告らのみとなり、かつ、担保物件も換価されたものはなく、したがって、それによる資金調達も可能であり、社会経済状勢についても昭和五四年を頂点とする戦後最大のマンションブームを迎えたことから、飯室ビルがその事業を完遂させるためには何ら障害となるべき要因は存しなかったものである。そうすると、仮に原告らが被告に対して嘆願書を提出した昭和五三年二月に至って飯室ビルの事業遂行の見込みが全くなくなったと判断したとしても、それは同時点における大野及び原告らの事業意欲の喪失もしくは経営能力の欠如によるものというべきである。
以上の次第で、飯室ビルは、本件相続開始時において、弁済不能の状況にあったとは認められない。
(三)第二次借入れの債権者である太陽神戸は、連帯保証人である亡飯室に対し、その保証債務の履行を求めた事実がなく、本件相続開始後においても、原告らに対し右履行を求めた事実がないが、これは、太陽神戸が前記のとおり充分な担保(本件土地建物については順位一番の根抵当権)を徴し、飯室ビルに対する債権を保全していることから、その必要性がなかったためであり、このため、亡飯室においては、本件保証債務を具体的な債務として認識していなかったものである。
また、原告ら及び大野においても、本件保証債務を具体的な債務として認識していなかったことは、原告らが申告及び更正の請求において本件保証債務に言及していないことからも明らかである。
仮に、本件相続開始時において、太陽神戸が原告らに対して本件保証債務の履行を求め、原告らがそれに応じて弁済したとしても、主たる債務者である飯室ビルは、前記のとおり事業継続の可能性を有し、かつ、本件土地建物を温存していることから、将来の求償権行使も充分期待でき、更に、太陽神戸が強制執行を行ったとしても、第二次借入れ残高二八四〇万円に対して本件土地建物の評価額(土地の更地としての評価額)が七二四八万一七〇〇円であることから、充分に弁済可能な状況にあったことは明らかである。
以上のとおりであるから、本件保証債務が本件相続開始時において亡飯室の債務として何ら具体化していなかったことは明らかである。
5 大野の第二次借入れの代位弁済について
大野は、第二次借入れについて亡飯室と共に連帯保証をしているが、その際太陽神戸との間で取り交わした昭和四八年一二月一五日付け銀行取引約定書によれば、「保証人が保証債務を履行した場合、代位によって貴行から取得した権利は、債務者と貴行との取引継続中は、貴行の同意がなければ、これを行使いたしません。もし貴行の請求があれば、その権利または順位を貴行に無償で譲渡いたします。」との約定がなされているところ、右条項は、保証人の代位権放棄の特約と同一視できるから、大野は、本件相続開始時においては、大野が飯室ビルに代わって、太陽神戸に弁済した金員を飯室ビルに対して直ちに請求できないことは明らかである。
したがって、大野の第二次借入れの代位弁済は、太陽神戸の飯室ビルに対する残債権二八四〇万円の保全に何ら影響を与えるものではない。
また、大野は、昭和五五年七月一〇日に至って、飯室ビルとの間でした代物弁済契約によって、大野が飯室ビルに代わって太陽神戸に弁済した金額を大幅に上回る一億一九五六七〇〇円の価値をもつ本件土地建物の取得を確実にしたことから、充分にその弁済額の回収をなしおえたものということができる。
6 大野の負担部分について
連帯保証人間の負担部分は、各自の受けた利益の割合又は特約によって定まり、この割合が分明でなく、かつ、特約がないときは、各自平等の割合であると解されているところ、本件の場合には、次の事実関係から、利益を受けた者は専ら大野というべきであり、連帯保証人間の負担部分は、亡飯室が零、大野が全額と考えるのが相当である。
(一)本件土地建物は、当初大野が居住することを動機として購入されたものであり、実際の売買契約でも大野が買主ととなっている。
(二)これに加えて、大野が自己の生活の本拠地であり、かつ自己所有資産のうちで売却するには最も条件が悪く、太陽神戸からの借入金の担保物件にもなっていなかった渋谷区恵比寿南所在の借地権付建物を売却してまで、本件土地建物に居住した事実に照らせば、大野にとっては、本件土地建物に居住することが最終的な目的であったと認められ、事実、最終的には大野が本件土地建物を取得している。
(三)飯室ビルは、その事業目的が小規模なアパート等の賃貸とは異なり、大規模なマンション建設に始まる貸ビルその他一般の不動産賃貸・仲介等であり、広範で専門的な知識を要する業務を目的としていることから、会社経営及び不動産取引等に精通した者つまり弁護士、不動産鑑定士、公認会計士としてこれらに精通した大野の存在なくしてもともと設立・運営をなしえないものであったから、飯室ビルの実質的主宰者は、大野であるというべきであり、亡飯室は、義父としての情義的動機により形式的、名目的に社員及び取締役になったというべきである。したがって、飯室ビルの行為は、実質的には大野の行為とみることができる。
(四)本件相続開始後、大野は、飯室ビルの取締役を自己の弁護士事務所の事務員(飯塚健司及び柳井優)に歴任させて代物弁済契約を容易ならしめ、もって、本件土地建物の取得を確実にしたものであり、かつ、大野は、本件土地建物に極度額一〇〇〇万円、債務者大野ほか三名、根抵当権者東京中央信用組合とする根抵当権を昭和五一年一一月一六日設定し、自己の金融取引に利用しているが、これは、大野が飯室ビルを主宰し支配していたことの端的な現れにほかならないのである。
(五)大野は、飯室ビルの太陽神戸からの借入金について自己の出捐において自発的に弁済しており、連帯保証人である亡飯室に対し弁済を促したことはもとより、弁済のための協議をした形跡もないばかりか、何よりも自己が弁済する前に主債務者である飯室ビル所有の本件土地建物を処分することによって弁済を講じるのが自然であるのに、右方途を講じることなく右のとおり自発的に弁済していたものである。
7 結論
以上のとおり、本件貸付金は、本件相続開始時において回収不能とは認められないから、申告漏れとして原告飯室の取得財産価額に加算されるべきであり、本件保証債務は、本件相続に係る相続税の課税価格の計算上控除すべき債務に当たる余地はなく、原告らの債務控除額に加算されるべきでない。
したがって、本件各再更正に原告ら主張の違法は存せず、これを前提としてされた本件各賦課決定にも違法はない。
五 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1のうち、本件貸付金が原告飯室において相続した財産であり、申告漏れとなっていることは認めるが、その余は争う。
2 同2の事実はいずれも認める。
3 同3は争う。
4 同4の(一)は認める。
同4の(二)のうち、飯室ビルの業務が不動産の賃貸管理であり、本件土地建物を取得した時点から実質的に業務を開始したものであること、本件相続開始時において、飯室ビルが債務超過の状態にあったが、負債のすべてが借入金であり、債権者が太陽神戸のほか亡飯室と大野だけであり、飯室ビルは本件土地建物を所有しており、その資産を処分したり、強制執行を受けたりした事実もないこと、本件相続開始後も飯室ビルにおいて主観的にはマンション建設を期待していたこと、第二次借入れ完済後の昭和五二年一月一八日以降債権者が大野と原告らのみとなったことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
同4の(三)のうち、太陽神戸が第二次借入れについて担保(本件土地建物については順位一番の根抵当権)を徴していること、原告らが申告及び更正の請求において本件保証債務に言及していないことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
5 同5のうち、大野が昭和五五年七月一〇日に至り飯室ビルとの間で代物弁済契約をして本件土地建物を取得したことは認めるが、その主張は争う。
6 同6の冒頭の亡飯室の負担部分が零、大野が全額であるとの主張は争う。
同6の(一)の購入の動機に関する事実は否認する。
同6の(二)のうち、大野が居住していた渋谷区恵比寿南所在の借地権付建物を売却して本件土地建物に転居したことは認めるが,大野にとって本件土地建物に居住することが最終的な目的であったことは否認する。
同6の(三)のうち、大野が弁護士、不動産鑑定士、公認会計士であることは認めるが、飯室ビルの実質的主宰者が大野であること、亡飯室が形式的、名目的に社員及び取締役になったこと、飯室ビルの行為が実質的には大野の行為であることは否認する。
同6の(四)のうち、本件相続開始後大野が飯室ビルの取締役を自己の弁護士事務員(飯塚健司及び柳井優)に歴任させたこと、大野が本件土地建物に被告主張のとおり根抵当権を設定したことは認めるが、その余の事実は否認する。
同6の(五)は争う。
7 同7は争う。
六 原告らの反論
1 飯室ビルの状況及び借入金の返済状況等
(一)飯室ビルは、亡飯室が、その所有の東京都品川区平塚二丁目六四六番の二及び同番の三の二筆の宅地合計三八一・一八平方メートル(以下「亡飯室所有地」という。)とこれに隣接する本件土地を併せてマンション用地として、同地上にマンションを建設し、これを分譲、賃貸等して収益を揚げ、もって自己及び自己死亡後の遺族(特に妻原告飯室)の生活の安定を計り、かつ、遺産分割を容易にするために設立したものであり、本件土地建物の購入資金に充てた太陽神戸からの借入金やマンション建設費用は、マンションの一部を分譲した代金で支払う予定であった。
(二)しかるに、昭和四八年一一月のオイルショックにより建設費は二倍にも高騰し、かつ、その後の不況によりマンション建設は不可能となり、また、買受けた本件土地建物の時価による転売も不可能となってしまった。
そして、飯室ビルはわずか一〇〇万円の形式的な資本金で設立された会社であり、本件土地建物以外に何らの物的設備がなく、また、代表者である亡飯室は病身の開業医であり、他の社員三名はその妻子で家庭の主婦であり、他に何らの人的設備もなく、開店休業のままで事実上事業の継続は不可能となり、本件土地建物の購入と借入金の返済以外何らの営業行為をしていない会社であり、借入金の弁済期の到来した昭和四九年一二月一四日当時、金銭による弁済は不可能の状態であり、その後も単に債務弁済のためにのみ存続する事実上の清算会社となってしまったものである。
(三)そのため、太陽神戸は、大野に貸付金の弁済を強請し、もし弁済できないならば亡飯室に直接請求するとのことであったが、亡飯室は昭和四七年五月ころ胃がんの手術を受けてからは生死の境にある病身であったため、太陽神戸が亡飯室に直接請求するようなこととなれば亡飯室の死期が切迫するのは明らかであった。
大野は、この窮状をみかねて第一次・第二次借入金を代位弁済せざるをえなくなり、同人が所有し居住していた渋谷区恵比寿南所在の借地権付建物を売却(昭和五〇年五月一日)した代金(一六〇〇万円)等をもって逐次弁済し、本件相続開始時において元金分四六六〇万円、利息分一三六〇万八〇〇〇円、合計六〇二〇万八〇〇〇円を弁済した。
(四)原告らは、昭和五一年八月一〇日亡飯室の保証債務の履行として太陽神戸に対し一〇〇〇万円を弁済し、大野は、昭和五二年一月一八日までに第一次・第二次借入金の元金七五〇〇万円、利息一三八〇万八七〇八円、合計八八八〇万八七〇八円のうち右一〇〇〇万円を控除した七八八〇万八七〇八円を代位弁済し、右借入金を完済した。その後、原告らは、連帯保証人間の負担部分として大野に対し九五〇万円を弁済した。
したがって、第一次・第二次借入金の元利合計八八八〇万八七〇円のうち、大野が代位弁済した金額は六九三〇万八七〇八円であり、原告らが代位弁済した金額は一九五〇万円である。
(五)昭和五二年一月一八日第一次・第二次借入金を完済した時点において、飯室ビルに対する債権者は大野と原告らだけとなって、事実上会社整理、清算の必要性もなくなり、実質的には本件土地建物を当時の時価約六五〇〇万円で大野が取得したに等しい状態となっていたが、この状態を形式的にも一致させるため、昭和五五年七月一〇日大野と飯室ビル(取締役柳井優)との間で、本件土地建物等を七〇〇〇万円で代物弁済する契約を締結した。
2 亡飯室の保証債務及び連帯保証人間の負担部分の割合について
(一)亡飯室名義でされた第一次借入れは、会社設立中の行為として飯室ビルの設立により内部的には同社に帰属することとなったが、太陽神戸に対する関係においては亡飯室が債務者であり、実質上亡飯室ビルの太陽神戸に対する債務保証したのと類似の形態となったものである。
(二)第二次借入れは亡飯室と大野が共同連帯保証しているところ、連帯保証人間の負担部分の割合については、
(1)保証人間の特約があればこれによる。
(2)特約がなくても、連帯保証をすることによって受けた利益の割合が異なるときは、負担部分もまたその割合による。
(3)右二つの基準によって定まらないときは平等とする。
とされている。
そして、太陽神戸からの借入金は、すべて飯室ビルのマンション用地の購入資金に充てられており、その目的達成によって利益を受ける者は、飯室ビル並びにその取締役の亡飯室及び社員の原告田代を除く原告らであって、大野は飯室ビルの取締役でも社員でもなく、したがって法律上何らの利益を受ける者ではなく、単に保証の意味で連帯保証人となったものであるから、その負担部分は零である。
大野は、弁護士、公認会計士、税理士としての職業上設立準備中の会社のために本件土地建物の売買契約の締結、会社設立手続、税務申告等の行為をしたが、右行為は、連帯保証人間の受ける利益の割合判定の基準とは無関係である。また、大野は本件土地建物に無償で居住しているが、これは、大野が飯室ビルの債務を弁済するために自宅を売却して住居を失い、かつ、代位弁済により取得した求償権について利息を計算しない以上、当然であって、このことも、右割合判定の基準とは無関係である。
3 本件保証債務の債務控除について
相続税法上の保証債務の債務控除については、被告の主張4の(一)のとおりであり、これを本件について検討すると次のとおりである。
(一)「主たる債務者が弁済不能の状態にあること」の判定には相当の期間の経過を必要とするところ、飯室ビルの債務超過の状態は、貸借対照表上次のとおり継続している。
事業年度末 債務超過額(円)
四九年五月三一日 四、一一四、三五〇
五〇年五月三一日 一一、三九六、一四一
五一年五月三一日 一五、一一九、四七四
五二年五月三一日 一五、八六一、五五三
五三年五月三一日 一六、〇一九、八三八
五四年五月三一日 一六、一七八、一二三
五五年五月三一日 一六、三三六、四〇八
五六年五月三一日 二三、二九二、八〇八
右のとおり、飯室ビルが「相当の期間」継続して債務超過の状態にあったことは明らかであり、したがって、他から融資を受ける見込みがないことは社会通念上明らかであり、飯室ビルは、前記1の(二)のとおり、マンション建設が不可能となって休業するに至り、かつ、その人的・物的設備等からして再起の見通しがなくなってしまったものであり、本件相続開始時において、飯室ビルが弁済不能の状態にあったことは明らかである。
(二)第二次借入れの弁済期は昭和四九年一二月一四日であり、前記のとおり主たる債務者である飯室ビルが弁済不能の状態にあり、かつ、共同連帯保証人である大野の負担部分が零である以上、亡飯室が第二次借入れに係る本件保証債務を履行しなければならないことは明らかである。
(三)前記(一)のとおりの飯室ビルの実態から、代位弁済した保証債務者が取得する求償権に基づいて飯室ビルに求償してもその全額の返還を受ける見込みがなかったことも明らかである。
(四)本件相続開始時における飯室ビルの清算財産状態は次のとおりであった。
資産の部 負債・資本の部
現金・預金 一五、〇〇〇 負債 九一、一六九、〇〇〇
仮払金 一、〇〇〇、〇〇〇 資本金 一、〇〇〇、〇〇〇
土地建物 六四、九七〇、〇〇〇
電話加入権 五〇、〇〇〇
欠損金 二六、一三四、〇〇〇
合計 九二、一六九、〇〇〇 合計 九二、一六九、〇〇〇
(単位 円)
(1)仮払金一〇〇万円は、資本金一〇〇万円に対応するもので、実際には資本の払込みがなかったものである。
(2)土地建物六四九七万円は、本件土地建物のうち、土地を更地として時価評価した金額である。
(3)負債九一一六万九〇〇〇円の内訳は次のとおりである。
(A)太陽神戸からの第二次借入金銭 二八四〇万円
(B)第一次・第二次借入金のうち、大野の代位弁済分六〇二〇万八〇〇〇円(内元金分四六六〇万円、利息分一三六〇万八〇〇〇円)
(C)亡飯室からの借入金(本件貸付金) 一三〇万円
(D)大野からの借入金 一二六万一〇〇〇円
(五)亡飯室の飯室ビルに対する本件貸付金一三〇万円は回収不能の貸倒損失であるので、これを欠損金二六一三万四〇〇〇円から控除した二四八三万四〇〇〇円が、主たる債務者である飯室ビルの弁済不能の部分の金額となり、保証債務者である亡飯室の債務として控除されるべきである。
4 飯室ビルの本件相続開始時における弁済の可能性について
被告は、右の点について、本件相続開始時における第二次借入金残高二八四〇万円のみを問題としているが、本件相続開始時において飯室ビルが負担していた債務は、前記3の(四)の(3)のとおりであるから、右二八四〇万円のみの弁済の可能性を論ずることは無意味である。
5 大野が代位弁済により取得した権利について
第一次・第二次借入金の弁済期は昭和四九年一二月一四日、利息は年一〇パーセント、損害金は年一四パーセントであり、大野が本件土地建物を代物弁済により取得した昭和五五年七月一〇日までの第一次・第二次借入金の元金、利息、損害金の合計額は、一億四一二五万四七九四円であるところ、第一次・第二次借入金について実際に大野が代位弁済した金額は六九三〇万八七〇八円であり、原告らが代位弁済した金額は一九五〇万円であるから、右代物弁済当時、大野及び原告らがそれぞれ代位弁済したことにより分割して取得した債権者である太陽神戸の有していた権利は、法律上大野が一億二一七五万四七九四円であり、原告らが一九五〇万円である。
したがって、仮に右代物弁済当時の本件土地建物の評価額が被告主張のとおり一億一九五六万六七〇〇円であったとしても、飯室ビルの債務超過額は二一六八万八〇〇〇円に達するものであるし、本件土地建物の被告主張の評価額は、大野が代位弁済により取得した右求償権の価額に満たないものである。
6 大野が飯室ビルの実質的主宰者であるとの主張に対して
大野は、他人の依頼に応じ各資格においてコンサルタント業務を営むものであり、社会、経済、法律、税務、経営等に疎い土地所有者等からマンション建設等の相談を受けることが多く、ほとんどすべての計画、見通し等について専門的な助言をするのが当然であって、本件においてもそのような助言をしたものであり、大野が飯室ビルの借入金の返済、その利息の支払、固定資産税の納付等をし、あるいは必要に応じ飯室ビルの取締役の変更を行うなど、飯室ビルの債務の弁済を行うために必要な方法を講じたことは当然である。
また、大野が本件土地建物に昭和五一年一一月一六日根抵当権を設定したのは、大野が事件の依頼先に対して人的・物的保証をしたものであって、自己の金融取引に利用したものではない。
七 原告らの反論に対する認否
1 原告らの反論1の(一)の事実は不知。
同1の(二)は争う。
同1の(三)のうち、亡飯室が昭和四七年五月ころ胃がんの手術を受けたことは不知、太陽神戸が大野に対してもし弁済できないならば亡飯室に直接請求するとして貸付金の弁済を強請したこと、亡飯室が生死の境にある病身であったことは否認する。大野が所有し居住していた渋谷区恵比寿南所在の借地権付建物を売却(昭和五〇年五月一日)した代金(一六〇〇万円)等をもって第一次・第二次借入金を逐次弁済し、本件相続開始時において元金分四六六〇万円、利息分一三六〇万八〇〇〇円、合計六〇二〇万八〇〇〇円を弁済したことは認める。
同1の(四)のうち、第一次・第二次借入金が昭和五二年一月一八日までに完済され、その元金が七五〇〇万円、利息が一三八〇万八七〇八円、合計八八八〇万八七〇八円であったことは認めるが、その余の事実は不知。
同1の(五)のうち、昭和五二年一月一八日第一次・第二次借入金を完済した時点において、飯室ビルに対する債権者は大野と原告らだけとなり、実質的には本件土地建物を大野が取得したに等しい状態となったこと、昭和五五年七月一〇日大野と飯室ビル(取締役柳井優)との間で本件土地建物を代物弁済する契約を締結したことは、認めるが、事実上会社整理、清算の必要性がなくなったことは不知、本件土地建物の評価額は争う。
2 同2の(一)は争う。
同2の(二)のうち、第二次借入れは亡飯室と大野が共同連帯保証していること、連帯保証人間の負担分の割合が(1)ないし(3)により決まること、太陽神戸からの借入金が飯室ビルのマンション用地の購入資金に充てられたこと、大野が弁護士、公認会計士、税理士としての職業上設立準備中の会社のために本件土地建物の売買契約の締結、会社設立手続、税務申告等の行為をしたこと、大野が本件土地建物に無償で居住していること、大野が飯室ビルの債務を弁済するために自宅を売却したことは認めるが、その余は争う。
3 同3の(一)ないし(三)は争う。
同3の(四)のうち、土地建物の評価額、欠損金額、資産の部の合計金額は争い、その余は認める。
同3の(五)は争う。
4 同5は争う。
すなわち、利息については、原告らは、大野が本件土地建物を自己の居住の用に供していることから、その家賃と相殺する旨主張(原告らの反論2の(二))するところであり、損害金については、太陽神戸への返済が完了した昭和五二年一月一八日以降いつでも代物弁済等により求償権の行使が可能であったにもかかわらず(それ以前については、実質上債権者との関係において代位権放棄と同様である。)、あえてそれを行わなかったものであり、かつ、飯室ビルの実質的主宰者が大野であること、大野が代位弁済に基づく抵当権移転の登記を行っていないこと等の事実を総合すれば、太陽神戸と飯室ビルとの間で取り交わした銀行取引約定書に基づく損害金の契約が当然に大野に対して適用されるものではない。
第三証拠関係
本件記録中、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、引用する。
理由
一 まず、被告の本案前の申立てについて判断する。
当時者間に争いのない別表(二)記載の原告大野、同田代及び同田中についての本件相続に係る相続税課税の経緯によれば、同原告らの各申告に係る相続税額は、同原告らの更正の請求に基づき被告が昭和五二年六月三〇日付けでした各更正により一部取り消されたが、減額された二一万五九〇〇円の限度で存続しているというべきところ、同原告らは、本訴において、右各申告に係る相続税額二一万五九〇〇円を超えない部分を含めて、同原告らに対する本件各再更正に係る相続税額三三万八二〇〇円全部の取消しを求めている。
しかしながら、相続税の納税義務は、納税義務者の申告により確定するのを原則とし、納税義務者において申告に係る課税価格及び納付税額が過大であるとするときは、当該申告について錯誤等による無効を主張しうる場合は格別、そうでない以上、更正の請求という手続によってのみ右申告額の減額を求めうることとされているのであるから、右更正の請求という手続をとることなく、右申告額を増額した更正の取消しを求める訴えにおいて、右更正のうち右申告額を超えない部分の取消しを求めることは、訴えの利益を欠くものとして許されないというべきである。
そうすると、同原告らは、本訴において、同原告らの各申告について錯誤等による無効を主張するものではないから、同原告らの本件各訴えのうち、被告が同原告らに対してした本件各再更正につき同原告らの各申告に係る相続税額二一万五九〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分は、いずれも訴えの利益を欠くものとして許されない。
二 次に、本件各再更正に原告ら主張の課税価格を過大に認定した違法が存するか否かについて判断する。
1 請求原因1の事実、亡飯室の飯室ビルに対する本件貸付金一三〇万円が、原告飯室において相続した財産であるところ、申告漏れとなっており、本件各再更正により申告漏れとして原告飯室の取得財産価額に加算されていること、亡飯室が本件相続開始時において太陽神戸に対し残元金二八四〇万円の本件保証債務を負担していたこと及び被告の主張2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 本件の争点は、
(一)本件貸付金が原告飯室の取得財産価額に加算されるべきか否か。
(二)本件保証債務(の一部)が原告らの債務控除額に加算されるべきか否か。
の二点であるところ、右(一)の点については、本件貸付金が本件相続開始時において回収不能であるか否か、すなわち、本件貸付金の債務者である飯室ビルが本件相続開始時において弁済不能であるか否かによって決まる。
また、右(二)の点については、被相続人である亡飯室の負担する本件保証債務が相続税法一三条一項一号、一四条一項の規定により取得財産価額から控除すべき債務に該当するか否かによって決まるが、保証債務(連帯保証債務を含む。)は、保証人において将来現実にその債務を履行するか否か不確実であるばかりでなく、仮に将来その債務を履行した場合でも、その履行による損失は、法律上は主たる債務者に対する求償権の行使によって補てんされるものであるから、原則として相続税法一四条一項に定める「確実と認められる」債務には該当しない。しかしながら、相続開始時の現況により(相続税法二二条)、主たる債務者が弁済不能の状態にある場合には、一般的に保証人においてその債務を履行しなければならないことが確実であり、かつ、その履行すべき債務について主たる債務者に対して求償権を行使しても返還を受ける見込みがない場合には、保証債務の履行による損失が補てんされないこととなる。したがって、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがない場合には、保証債務についても、右にいう「確実と認められる」債務に該当するものとして、相続税の課税価格の計算上、債務控除の対象とすることができると解される。そうすると、右(二)の点についても、まず、主たる債務者である飯室ビルが本件相続開始時において弁済不能であるか否かが問題となる。
そして、これらの場合において、債務者(主たる債務者)が弁済不能の状態にあるか否かは、一般に債務者が破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明、刑の執行等により債務超過の状態が相当期間継続しながら、他からの融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなどの事情により事実上債権の回収ができない状況にあることが客観的に認められるか否かで決せられるべきである。
3 そこで、以下、飯室ビルが本件相続開始時において弁済不能であるか否かについて判断することとする。
証人大野重信の証言により成立が認められる甲第一号証、証人鈴木高一の証言により成立が認められる乙第九、第一〇号証、成立に争いがない乙第一ないし第八号証、第一一号証の一、三及び乙第三三号証、原本の存在及び成立に争いがない乙第一七号証の七、一〇ないし一二、第一八号証の二、四、五、第二六ないし第三二号証及び第三五号証並びに証人大野重信の証言及び原告田中三枝本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一)亡飯室所有地に隣接する本件土地建物が昭和四八年三月ころ売りに出された際に、亡飯室は、長女(原告大野)夫婦が隣地に転居して来るのを希望して大野に本件土地建物の購入を勧めたところ、弁護士である大野は、亡飯室所有地と本件土地を併せるとマンション建設用地として好適であるため、同地上にマンションを建設すれば、亡飯室夫婦とかねてから亡飯室所有地内の別棟に居住していた三女(原告田中)夫婦ら家族が一緒に居住できるうえ、右居住部分を除いたマンションを分譲、賃貸することにより収益を揚げることができ、本件土地建物の購入資金やマンション建設費用も右分譲代金で賄えると考え、また、知合いの建設業者に検討を依頼し、十分採算がとれるとの回答を得たので、亡飯室(開業医)や原告田中の夫田中敬二(銀行員)と相談して、右マンション建設計画を有限会社形態で実行することとし、飯室ビルの設立手続をして同年一一月二七日設立した。その際、亡飯室が取締役に就任し、大野は自己の弁護士としての立場上取締役や社員にならず、また、原告飯室、同大野及び同田中はいずれも形式的、名目的に社員になったにすぎず、資本金一〇〇万円は現実には払い込まれていないものである(大野が弁護士であり、飯室ビルの設立手続をしたこと、亡飯室が開業医であったこと、飯室ビルが昭和四八年一一月二七日設立され、亡飯室が取締役に就任したこと、飯室ビルの資本金一〇〇万円が現実には払い込まれていないことは、当事者間に争いがない。)
(二)大野は、右設立手続に先立ち、当初七七〇〇万円で売りに出されていた本件土地建物の売買交渉をし、かつ、その購入資金の融資を受けるため亡飯室の取引銀行であった太陽神戸と交渉した結果、融資を受けられる見込みがついたので、昭和四八年九月一九日、大野が新たに太陽神戸に設定した定期預金(二口合計一四〇〇万円)を担保として第一次借入れをし、同月二〇日、売主首藤逸夫との間において代金を七三〇〇万円とする本件土地建物の売買契約を締結し、第一次借入金により手附金一五〇〇万円支払うとともに、残代金五八〇〇万円を同年一二月一五日支払う旨を約した。第二次借入れに際しては、太陽神戸が折からのいわゆるオイルショックに由来する金融引締めにより右融資の実行に難色を示したため、大野自ら太陽神戸の東京本部に赴いて交渉し、同日第二次借入れが実現したが、その際、本件土地建物並びに亡飯室所有地及び同地上の亡飯室所有の居宅等の建物について、極度額六〇〇〇万円、債権の範囲銀行取引・手形債権・小切手債権、債務者飯室ビル、根抵当権者太陽神戸とする根抵当権(前者については順位一番、後者については順位二番)を設定するとともに、飯室ビルは、太陽神戸に対して銀行取引約定書を差入れ、かつ、亡飯室及び大野は、飯室ビルが太陽神戸との取引によって負担する一切の債務について連帯保証をした。そして、同日第二次借入金により残代金五八〇〇万円の支払いを了した。更に、昭和四九年一月九日、実質上は大野の所有であるが、増山子之吉所有名義で登記されている大田区東雪谷所在の宅地及び台東区千束所在の二筆の宅地についても、右と同内容の根抵当権を設定し、第二次借入れの追加担保として提供した。
(三)しかしながら、右買受けと前後して昭和四八年一一月ころに発生したいわゆるオイルショックとその後の経済不況により、買受け意思を固めた当初の思惑に反しマンション建設の計画を早期に実現することは難しくなったが、なお引き続きマンション建設を期待していた。そして、大野において、亡飯室やその家族である原告らに相談することなく飯室ビルの太陽神戸からの借入金の返済をすることとして、第一次借入れについては大野が担保として設定した前記定期預金を解約するなどして返済し,第二次借入れについても逐次返済し、本件相続開始時までに、第一次借入れの元金一五〇〇万円及び第二次借入れの元金三一六〇万円並びに右各借入金の利息一三六〇万八〇〇〇円の合計六〇二〇万八〇〇〇円を弁済した。これに先立ち、大野は、昭和四九年一〇月ころ空家となっていた本件建物に転居し、以後無償で居住し、それまで居住していた渋谷区恵比寿南所在の借地権付建物(借地一五八・一七平方メートル、二階建延床面積五八・二四平方メートル)を売りに出し、昭和五〇年五月一日代金一六〇〇万円で売却し、これをも第二次借入金の返済に充てた(大野が第一次・第二次借入金を逐次弁済し、本件相続開始時において元金分四六六〇万円、利息分一三六〇万八〇〇〇円、合計六〇二〇万八〇〇〇円を弁済したこと、大野が本件建物に無償で居住し、それまで居住していた渋谷区恵比寿南所在の借地権付建物を昭和五〇年五月一日代金一六〇〇万円で売却し、これを第二次借入金の返済に充てたことは、当事者間に争いがない。)。
(四)大野は、亡飯室死亡後、自己の弁護士事務所に勤務し従前から飯室ビルの設立手続、借入金の返済手続等を担当していた事務員飯塚健司(大野の甥)を飯室ビルの取締役に就任させるなどして、引き続きマンション建設を期待しつつ、飯室ビルの借入金の返済、固定資産税の納付、税務申告等を継続して行っていた。その間、原告飯室は、大野に懇請されて、昭和五一年八月一〇日亡飯室の生命保険金の中から一〇〇〇万円を太陽神戸に対し弁済し、また、大野は、昭和五二年一月一八日までに第一次・第二次借入金の元金七五〇〇万円、利息一三八〇万八七〇八円、合計八八八〇万八七〇八円のうち右一〇〇〇万円を控除した七八八〇万八七〇八円を太陽神戸に対し弁済して、右各借入金を完済した。その結果、飯室ビルに対する債権者は大野と原告飯室のみとなった。その後、原告飯室は、大野からの懇請により、同年二月ないし四月ころ大野に対して九五〇万円を支払った(大野が亡飯室死亡後自己の弁護士事務所の事務員飯塚健司を飯室ビルの取締役に就任させたこと、マンション建設を期待していたこと、飯室ビルの借入金の返済、固定資産税の納付、税務申告等を行っていたこと、昭和五二年一月一八日までに第一次・第二次借入金の元金七五〇〇万円、利息一三八〇万八七〇八円、合計八八八〇万八七〇八円が完済されたことは、当事者間に争いがない。)。
(五)第二次借入れの際設定された前記根抵当権は、昭和五一年一一月、亡飯室所有地及び同地上の建物並びに増山子之吉所有名義の宅地三筆については同年一月三〇日解除を原因として抹消され、本件土地建物についてはその極度額が一〇〇〇万円に変更されるとともに、新たに大野により極度額一〇〇〇万円、債務者大野ほか三名、根抵当権者東京中央信用組合とする根抵当権(順位二番)が設定され、同年一二月にはその極度額が四五〇〇万円に変更された。更に、第二次借入金が完済された昭和五二年一月一八日、本件土地建物の順位一番の根抵当権について債務者が飯室ビルから大野に変更された(大野が本件土地建物に右極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定したことは、当事者間に争いがない。)。
(六)ところで、飯室ビルの財産状況についてみると、飯室ビルは、もともと資本金の払込みのない実質無資産の会社であり、他からの融資を求めて本件土地建物を入手し、これを利用してマンションを建設し、その分譲・賃貸収入によって建設費を含む債務を返済しようとする計画を実現するための便法として大野によって提案され、設立の手続がとられた名のみの有限会社であったから、大野の手腕によって事業が完遂するまでは当初からの債務超過の状態が継続することが予定されていたものであった。したがって、前記のとおり当初の計画が実現されないまま推移した結果、飯室ビルの債務超過の状態は、貸借対照表上次のとおりとなっていた。
(図二) (省略)
また、本件相続開始時における飯室ビルの財産状態は貸借対照表上次のとおりであった。
(図三) (省略)
(1)仮払金一〇〇万円は、資本金一〇〇万円に対応するものである。
(2)土地七六八九万六四〇〇円は、本件土地建物の取得価額七三〇〇万円に、所有権移転登記料一〇三万三八〇〇円、不動産取得税六一万二六〇〇円及び仲介手数料二二五万円を加算したものである。
(3)借入金九一一六万九〇〇〇円の内訳は次のとおりである。
(a)太陽神戸からの借入金(第二次借入残金)二八四〇万円
(b)亡飯室からの借入金(本件貸付金)一三〇万円
(c)大野からの借入金(第一次・第二次借入金のうちの大野の代位弁済分)六〇二〇万八〇〇〇円
(d)大野からの借入金((c)を除いた分)一二六万一〇〇〇円(本件相統開始時において飯室ビルが債務超過の状態にあったこと、現金・預金、仮払金、電話加入権、借入金及び資本金の各金額、並びに(1)及び(3)の各事実は、当事者間に争いがない。)
(七)しかしながら、本件土地の実勢価格について参考となる近隣地の価額の推移をみると、まず、本件土地付近の標準地の公示価格の対前年比変動率は、昭和四九年二五パーセント前後の増加、同五〇年約一一パーセントの減少、同五一年、五二年とも約一パーセントの増加で、その後は増加を続け、同五五年には同五二年に比べ三五パーセント前後の増加を示している。
また、財団法人日本不動産研究所発行に係る地域別六大都市市街地価格推移指数表によると、住宅地の指数は、昭和四八年三月三四五九、同年九月四〇〇五(対前回変動率一五・八パーセント増)、同四九年三月四一四八(同三・六パーセント増)、同年九月四一八一(同〇・八パーセント増)、同五〇年三月三八三六(同八・三パーセント減)と推移し、その後六か月毎に約一ないし二パーセント増加し、同五二年三月には四〇八六とほぼ同四八年九月時点まで回復し、その後も同五四年九月の対前回変動率一〇・五パーセント増をピークに増加の一途をたどり、同五五年三月五八四四、同年九月六二〇四であった。
更に、株式会社住宅新報社が本件土地に近い田園都市線(現大井町線)中延駅から徒歩一〇分ないし一五分の住宅地を対象として取引事例等に基づいて土地の実勢価額(一平方メートル当たり)を調査したところによると、昭和四八年から同五二年まではほぼ横ばいないし微増で推移したが、その後は増加の一途をたどり、同五五年には約二倍になった。
(八)大野は、昭和五三年五月ころ、前記大田区東雪谷所在の宅地上に総工費約五五〇〇万円で二階建共同住宅を建設し、同土地について債権額三六〇〇万円、債務者大野抵当権者安田火災海上保険株式会社とする抵当権を設定した。また、大野は、昭和五二年、五三年ころ前記台東区千束所在の二筆の宅地の一部を売却した。
(九)大野は、昭和五五年七月七日に至り、飯室ビルの取締役に自己の弁護士事務所の事務員柳井優を就任させ、同月一〇日、飯室ビルとの間において、飯室ビルの資産である本件土地建物及び電話加入権について、第一次・第二次借入れの返済金のうち大野において最終的に負担したこととなる金額六九三〇万八七〇八円にほぼ見合う七〇〇〇万円で代物弁済する契約を締結した(大野が飯室ビルの取締役に自己の弁護士事務所の事務員柳井優を就任させ、同月一〇日本件土地建物等について七〇〇〇万円で代物弁済する契約を締結したことは、当事者間に争いがない。)。
右の処理については原告らにも異存はみられないが、大野は、以上の結果、昭和四八年一一月七七〇〇万円で売りに出されていた本件土地建物を七三〇〇万円(全額銀行借入れ)で買受け、その代金支払のため自己の旧住居を安く売却した損失はあるとしても、昭和四九年一〇月ころからは本件土地建物に無償で居住し、昭和五二年一月までに銀行利息を含め八八八〇万八七〇八円のうち原告飯室に出捐を求めた一〇〇〇万円を除く七八八〇万八七〇八円を支払って右借入金を完済し、同年四月までに原告飯室から更に九五〇万円(合計一九五〇万円)の出捐を受けた結果、前記六九三〇万八七〇八円の負担で本件土地建物を取得したのと等しい結果となった。
4 以上の認定のとおりであり、飯室ビルは、その意図する事業について十分な採算の見通しのもとに、マンション建設用地として本件土地建物を取得し、その資金に充てるため太陽神戸から第一次・第二次借入れをし、実質的に業務を開始し、その前後に生じたいわゆるオイルショックに由来する経済状勢の変動等により当初の計画どおりにマンションの建設を早急に実現することは難しくなったものの、その後も飯室ビルは、本件相続開始の前後を通じて、引き続きマンションの建設を期待して本件土地の保有を継続し、大野において、本件建物に居住して、飯室ビルの借入金の返済、固定資産税の納付、税務申告等を継続して行っていた。この状況は、昭和五五年七月一〇日、飯室ビルが本件土地建物を代物弁済により大野に譲渡するまで継続したものであり、他方、右代物弁済がマンション建設の実現が不能に帰した結果としてされたものであることを裏付ける資料はない(代物弁済時の本件土地建物の評価額は時価に基づくものではない。また、大野が代位弁済により取得した求償権の範囲は、出捐額及び弁済日以後の法定利息等である(民法四五九条二項、四四二条二項)から、この点に関する原告らの反論5の主張は失当である。
また、いわゆるオイルショック以後建設費の高騰があったことは、当裁判所に顕著であるが、本件相続開始時前後にはマンション建設も盛んであり(現に、大野も前記認定のとおり大田区東雪谷所在の宅地上に共同住宅を建設している。)、飯室ビルに限ってマンション建設が不能であったことを認めさせる資料はない。
更に、本件土地の価格は、本件相続開始時においては、昭和四九年から同五〇年にかけての地価の下落の影響により、いまだ購入時の時価(なお、購入代金は大野の交渉により時価より低額であったと推測される。)まで回復していなかったとしても、近い将来地価の上昇が期待できたものであり、また、飯室ビルの負債(借入金)の債権者は、本件相続開始時においては太陽神戸のほかは亡飯室と大野だけであり、第二次借入金を完済した昭和五二年一月一八日以降は大野と原告飯室だけとなったもので、第二次借入れの際に供した担保物件等による飯室ビルの事業遂行のための資金の再調達も十分に可能な状態にあった(現に大野において本件土地建物及び大田区東雪谷所在の宅地を担保として融資を受けている。)ものである。
そうすると、飯室ビルは、本件相続開始の前後を通じて、貸借対照表上債務超過の状態が継続してはいたが、このことをもって直ちに弁済不能の状態にあったということはできず、飯室ビルについて破産、和議等の申立てがなされ、その手続が開始されたり、強制執行を受けたりした事実はなかったものであり、飯室ビルは、本件相続開始時において、本件土地建物を所有し、かつ、事業遂行のための資金の調達も十分に可能であったから、実質上の事業推進者である大野においてその意思があれば事業継続の可能性は十分にあったものというべく(取締役であった亡飯室が病身で余命いくばくもない開業医であり、その余の社員がいずれも家庭の主婦であり、以上いずれも事業遂行の知識経験ないし能力が皆無に等しいことは原告らの目認するところであり、飯室ビルの事業遂行は当初から終始大野に委ねられていたことは、前記認定事実に徴し明らかである。)、以上要するに、飯室ビルにおいて弁済不能の状態にあったとの原告らの主張は到底これを認めることができない。
5 以上の次第で、飯室ビルは、本件相続開始時において弁済不能の状態ではないから、本件貸付金は原告飯室の取得財産価額に加算されるべきであり、かつ、本件保証債務は相続税法一四条一項に定める「確実と認められる」債務に該当しないから原告らの債務控除額に加算されるべきではない。なお,原告らが、大野が第一次・第二次借入金を代位弁済したことにより(第一次借入れについても、第二次借入れの際亡飯室及び大野と太陽神戸との間で締結された連帯保証契約の対象となっているものであるから、亡飯室及び大野が連帯保証人の地位にあることは明らかである。)、亡飯室が連帯保証人間の負担部分(この点について原被告間に争いがある。)として大野に対して負担することになった求償債務について、債務控除の対象とすることをも主張するものであるとしても、右求償債務についても、保証債務について前記2で述べたところがそのまま当てはまるから、主たる債務者である飯室ビルが弁済不能の状態になかった以上、債務控除の対象とすることはできない。したがって、本件各再更正に原告ら主張の課税価格を過大に認定した違法は存せず、これを前提としてされた本件各賦課決定にも違法はない。
三 よって、原告大野、同田代及び同田中の本件各訴えのうち、被告が同原告らに対してした本件各再更正につき相続税額二一万五九〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分は、いずれも不適法であるから却下し、同原告らのその余の各請求及び原告飯室の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 杉山正己 裁判官 大藤敏)
別表(一) (省略)
別表(二) (省略)